ちかおブログ

留学生の女の子

いつもは自転車通勤している私。
その日は台風接近もあり、雨予報。
自転車通勤は諦め、電車で出勤。

一日の仕事が終わり、冷たい雨が降っていた帰り道、駅である少女に呼び止められ、1枚の紙を差し出されました。
音楽を聴いていた私は少女が差し出した、不慣れな日本語の文字を読みました。
顔を見ると東南アジア系の若い女の子。
少女と言っていいくらい、あどけなさが残っている女の子が差し出した紙には

「日本に留学に来たけれども、コロナ禍で生活が大変、帰るにも帰れず、アルバイトも見つからない。お金がないからこのお菓子を買ってほしい。」

そんな内容でした。

1988年ソウルオリンピックの時、バイトで稼いだ19万円を握りしめ、韓国に留学した私は3ヶ月でお金を使い果たし、当時留学生に認められていなかったバイト、いわば不法就労しながら授業料と生活費を稼いでいました。
朝ごはんは下宿で出たものの、昼夜は自分でどうにかしなければならなく、1日10円で過ごした日々もあり、いつも空腹状態でした。

そんな記憶が蘇り、聞けばフィリピン人とインドネシア人のハーフとのこと。
私の娘よりほんの少し上っぽく、娘と同じハーフ。

最近涙もろく、その女の子と話してたらウルッと来てしまった私は、そのお菓子、買いました

慣れない外国で路上に出て、人に声をかけるのも大変で、ましてや疑い深く「われ関せず」の空気漂う日本では大変だと思います。

「頑張ってね、、」としか声をかけられず、家に帰ってお菓子を開けてびっくり。
安いお菓子を買ってきて売っていると思いきや、手作り。

 

お菓子マシュマロの中に甘い何か入っていてチョコレートでコーティングして、丁寧に包んで賞味期限までラベルで貼っていて、、すごく美味しい、、
娘に食べさせてあげようと思ったら、その前に自分で3つも食べてしまいました。

以前は日本に学びたい外国人が多く集まってきてましたが、昨今外国人の日本離れが進み、留学生に手厚い他国で学ぶ若い外国人が増えています。

このコロナ禍の中、日本語を勉強して下さる外国人は非常に貴重な存在です。

私達も大変ですが、稼ぐ手立てが少ない留学生たちはもっと大変、、

何とか国としての支援が行き届くこと、そしてあの女の子が変な悪い勧誘にだけは引っかからないでほしいと願うばかりです。